行き過ぎた母の愛は重い

今日はちょっと毛色の違う話。唐突ですが、うちの母の話をします。私の母は、子供3人立派に育てあげた女。決して多くない(どちらかといえば平均より少ない)収入の中でなんとかやりくりして、子供3人大学まで行かせてくれました。日本の母の美徳?を体現しているかのような、自分の食べるもの、着るもの、自分のことは何もかも我慢してでも、子供たちの学費や習い事費用を捻出してくれるような人でした。仕事も保険の営業という、ノルマがきつくてストレスも多いけど、その代わり時間の融通が利いて日中自由に動ける仕事を選んだ女性です。

すべては子育てのため。

母にとっては、子育てこそが自己実現だったのでしょう。

ただひとつ、問題は、だいぶ酷いレベルの過保護で、過干渉でした。
それも愛ゆえに。

思春期なんて、ひどいもんでした。
プライバシーの詮索・干渉があまりにも酷すぎる親に、”いいからほっといてよ”、と、何度キレたか分かりません。

行き過ぎた母の愛は、子供にとっては重いだけ。

そんな重すぎる母の愛を受け、子供達は見事に3人とも、めっちゃ淡白・薄情・冷めた大人に育ちましたよ。3人とも早々に実家を出て、さっさと巣立ってゆきました。
・・・面白いよね。そんなもんです。

自分の母の事を、悪く言いたいわけじゃないのです。もちろん感謝はしているけど、子供の立場から見ていると、とてもとても、もどかしいのです。なんでなんだろう?と。

母のその性格が生まれ持ってのものなのか、育った過程で何かあったのか、そこまでは分かりませんが。

もっと自分のこと、大切にして欲しかった。

せめて趣味ぐらいは見つけといて欲しかった。

あまりにも子育てだけになってしまうと、子供たちが全員巣立った後に、もぬけの殻のようになってしまう事例があるのです。典型的な、子離れ出来ない親に。

そんな母も定年を迎えたのですが、趣味もなく、やりたい事もなく、今度は孫に依存を始めました。「仕事辞めたら、何もやる事なくなっちゃうしなぁ・・・」といって、ストレスまみれの好きでもない保険の仕事に、まだしがみついています。それもあと何年続くか…

私が、やたらと自己実現だの、自分のための時間確保だの、「好き」を仕事にするための戦略だの、しきりに考えたり発信している背景には、実はこんな母を見て育ったという事情がありまして。

うちの母はだいぶ極端な例ですが、その予備軍は世の中にたくさん居ますよね。自分も一歩間違えたらそうなりそうかも?と少しでも思ったそこのお母さん。この記事を3回読んで(笑)ぜひ気をつけて。

そうは言っても3人も育ててりゃ、自分の時間なんて取れないんだって。

っていう人も、そりゃ居るでしょう。子供が小さいうちは無理なら、少し成長して手が離れてきてからでも全然遅くありません。“子育て以外の何か”を、探しておくことはとても重要だと私は思います。

当たり前の話ですが、子供には親とは違う別の人格、別の人生があります。

可愛い子には旅をさせよ。
信じて見守ることが、
本当の健全な愛情です。

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3歳・1歳姉妹の子育てしながらiOSアプリ作ってます。 本業は企業勤めのSE兼プログラマー。プログラマー歴は10年以上になりますが、独学でiOSアプリ開発を始めたのはつい最近、2017年9月(第二子育休中)から。